キラキラ・ダイバーシティの終焉:オープンレター「炎上」異聞

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昨年末の12月29日に連載を完結させて以来、私からは言及してこなかったオープンレター「女性差別的な文化を脱するために」(2021年4月4日付)が、今年に入って大炎上を起こしている。レターの内容と運用のどこに問題があるのかは、すでに同連載の中で端的にまとめておいたが、以下の新たな問題がその後、立て続けに発生/判明したからだ。

中心人物である北村紗衣氏(武蔵大学准教授)が、レターで名指しされる呉座勇一氏がレター批判者(與那覇を含む)と学術イベントで共演するのに際して、自由な発言を制約する弁護士書簡を送っていたこと(北村氏自身の主張はこちら)。

上記の経緯等について説明した呉座氏のはてなブログが、一部は北村氏の弁護士によるものと考えられる要請によって、凍結や記事削除に繰り返し遭っていること。

同様に北村氏の弁護士が、 SNS 上でレターの問題性を指摘していた高橋雄一郎弁護士に対し、懲戒請求を示唆しつつレターへの言及をやめるよう圧力をかけていたこと。

上でレターの問題性を指摘していた高橋雄一郎弁護士に対し、懲戒請求を示唆しつつレターへの言及をやめるよう圧力をかけていたこと。 レター批判を含む山内雁琳氏(甲南大学非常勤講師)の攻撃的なツイートに対し、やはり北村氏の弁護士が「雇用先に通知されたくなければ削除せよ」と、職場気付の内容証明郵便で求めていたこと。

レターの一般署名者である橋迫瑞穂氏(立教大学兼任講師)が女性の容姿を、同じく衣笠太朗氏(秀明大学助教)が非正規雇用者の境遇を、侮蔑する発言をして炎上したこと。

著名な文筆家を含む複数名から「署名した覚えがないのに名前が掲載されている」との声が上がったにもかかわらず、レターの運営者が当初謝罪や調査を行わず、その後も海外のマニュアルを誤訳して言い繕うなど、居直りともとれる対応に終始したこと。

結果、運営側は2022年1月31日、オープンレター上に新たな「お知らせ」を出すに至ったが、それもまた自らの不手際を反省する以上に、寄せられた批判に対する「抗議」や同レターが果たした(と称する)「役割」への自賛が目立つ文面だったため、炎上に油を注ぐ結果となった。なおこの「お知らせ」の段階で、昨年秋の礪波亜希氏(筑波大学准教授)に続き小木田順子氏(編集者)が呼びかけ人から外れたため、公開当初は18名だったレターの発起人は、実質的に現在16名となっている。

レターの呼びかけ人である津田大介氏(活動家)が昨秋のネット放送(現在は有料)で事実上、中途半端にアウティングしてしまったので明かすことにするが、レター公開の2日後にあたる21年4月6日に私が運動への懸念を伝えた相手は、この小木田氏である(その際のメールは、こちらの記事で公開しておいた)。彼女は真摯で篤実な方なので、さすがに以降も続く無責任な運営に堪えかねたのではないかと思う。

問題のない範囲で、翌4月7日に小木田氏から受け取った返信から事実のみ紹介すると、①そもそも彼女にはレターの「呼びかけ人」になったという意識はなく、最初期の段階で賛同を表明したところ、レター自体の起草者にも見える当初18名の発起人欄に掲載されたということだった。かつ②レターがGoogleフォームを使って広く署名を募集し、公然かつ大々的にさらなる賛同人を集めていること(最多時に1316名)は、前日のメールで私(與那覇)に指摘されて初めて知ったという。

上記から推測できるのは、いま16名となっているオープンレターの「呼びかけ人」の内部でも、関与の度合いの差は大きいだろうということだ。たとえばレターの炎上をより加速させた「勝手に名前が掲載されていたら、本人が自分から申し出てください」(大意)との趣旨の呼びかけをTwitterで行ったのは、見落としがなければ隠岐さや香(名古屋大学教授)・小宮友根(東北学院大学准教授)・清水晶子(東京大学教授)の各氏らに留まる。

つくづく不思議なのは、これらレターの関係者たちがいまなお、多人数の連名での声明の公表やコピー&ペーストめいたツイート発信に終始し、個人として責任を引き受ける姿勢をまるで示さないことである。

たとえばレターの「文面」が呉座勇一氏への過剰なバッシング・名誉毀損になっているとする批判に対し、誰一人「その部分を執筆したのは私だ」と名乗り出て、反論するなり、訂正するなりといった行動をとろうとしない。不十分な本人確認に基づく署名集めの「運用」に関しても、「担当したのは呼びかけ人のうち私だ。批判を寄せるなら私のみにしてほしい」と述べて、名前を並べて載せられた他のメンバーを守ろうとした者はいない。

こうした彼ら彼女らの態度が意味するのは、オープンレターの名を掲げた実践がその出発点から、決して自らはリスクや責任を負うことなく、「女性差別を批判するスマートな知性」といったキラキラした自己満足的なイメージだけを追求していたという事実だろう。

呉座勇一氏をめぐる炎上が沸騰したのは、同氏が北村紗衣氏に謝罪の上で、鍵付きだったアカウントを開錠した21年3月20日以降であり、オープンレターが公開された4月4日にもその勢いは続いていた。そうした空気の下では「本人が誤りを認めている以上、いくらでも悪者にできる」呉座氏の名を連呼しつつ、大義名分としては誰からも異論の来ない「女性差別的な文化を脱する」ことを謳うレターに署名することは、リスクなしにキラキラ感だけを得られる「コスパのよい方法」だったのだろう。

差別と戦うクールな市民のイメージという「美味しいところ」だけの饗応にあずかる目論見で、オープンレターなる社会運動もどきに飛びついた者たちは、まさに同じ理由によって、その運動(もどき)が批判を受け評判が悪化した際に、自ら「泥をかぶって」責任を引き受けようとはしない。自身の振る舞いについて反省の意を示したのは、呼びかけ人から降りた理由を(私の指摘を受けて)公に表明した礪波亜希氏や、Twitter上で支持撤回の意思を述べた若干の一般署名者しかいない。

もっとも、無責任な社会運動の形態としては、下には下がある。昨秋の連載第1回で、オープンレター以上に呉座氏の名誉を毀損する叙述となっている点を批判した日本歴史学協会の声明文(21年4月2日)は、団体名のみ記して執筆者の所在すら明らかにせず、ネット上で広く問題を指摘されても沈黙してやり過ごすばかりだ。その旗下にある個々の歴史学者にも自省する動きは乏しく、逆に恣意的な資料操作に基づき自己正当化を図る者が現われるありさまである(同連載第10回)。

日付にご注目いただきたいが、「あらゆる社会的弱者に対する、長年の性差別・ハラスメント行為」(原文ママ。強調は引用者)なる異様な誇張によって呉座氏を非難する日本歴史学協会の声明がまず発表され、オープンレターはその2日後に公開された。前者に比べれば、後者の文面を相対的に穏当に感じて、署名することに決めた者もいたであろう。日本歴史学協会は、自らの声明の文面と影響についていまいかに考えるのか、レター支持者のためにも説明する責任がある。

思えば世間で(批判的な形で)注目を集めるトピックが生じるごとに、学会員の全員はおろか多数意見であるのかも特に確認しないまま、執行部の一部のみが起草した「学会声明」を公表して時流におもねり、後日その妥当性を省みることもしないのは年来の「人文学者しぐさ」のようなものだ。近日まで続いたオンライン・アクティビズムの流行は、単にそうした無責任な行動様式の担い手を、一般のSNSユーザーに拡大しただけだったのかもしれない。

やはり今年の1月には、独立ネットメディアを標榜してきたChoose Life Project(CLP)が立憲民主党から資金援助を受けていた問題に際し、疑惑が報じられる前に看板出演者5名が公開書簡を発して、同局を去る動きがあった。SNSで人気のスター記者をモデルとするNetflixドラマ『新聞記者』が、あまりに単純な勧善懲悪へと事実を改変したほか、元になった事件の遺族との約束に反する形で製作されたと判明して炎上したのも、同じ月である。

このうち特にオープンレターとCLPは、多様性(ダイバーシティ)のある社会を謳う運動の自己崩壊という点で共通するが、その背景にはこの概念を根本的に誤解したまま、安易なキラキラさばかりを発信してきた担い手たちの未成熟があると思う。

言うまでもなく私たちは多様であり、そして多様であるからには困難が伴う。誰かにとっての自由や快適さは、他の誰かにとっての不自由であり不快さかもしれない。そうした前提に立ち、どうすれば対立しあう者どうしでも最低限の節度を守り、少なくとも殴りあいだけは回避できるかを模索する。それが、正しい意味でのダイバーシティを目指す態度だ。

これに対しダイバーシティをなにかキラキラした「絶対無謬で、見れば誰もが魅かれ、賞美するゴージャスなもの」だと誤認する人々は、その帰結として運動が危機に陥っても泥をかぶらず、ただ忘却に任せて逃げ切ろうとする。オープンレターでいえば、寄せられた「批判と対話しつつ」 運動方針を改めてゆくのではなく、根拠不明な「公開から1年の節目に」なる理由で本年4月4日まで漫然と掲載を続け、その後はドロンとネットから消して隠滅を図るわけである。

呉座勇一氏が鍵アカウントの内部で行った自身への揶揄を告発したことで、オープンレター公表の契機を作るとともにその象徴となった北村紗衣氏は、事件の半年ほど前の20年8月に以下のように述べていた。自由についての正しい認識であり、誰からも「決してクズ呼ばわりされる可能性のない」キラキラした理想社会は存在しない。ダイバーシティを擁護するとは、対面の場でクズとして罵倒されるといったあからさまなハラスメントを抑制しつつ、自分をクズだと見なしてくる敵対者とも共存してゆく、骨の折れる作業だ。

呼びかけ人のみならず一般の署名者も含めて、オープンレターの担い手には大学・出版業界で人文学に関わる者が多かったことから、レターの炎上以降は「人文学者」をもじって「人糞学者」と罵るネットスラングまで、いまや流通し始める時勢となったようだ。歴史学者だった過去を持つ私には憂鬱な日々であるが、知らない場所で呼ばれる分にはかような表現の存在も甘受するのが、キラキラしない自由社会のコストであろう。

他にも北村紗衣氏の力強い表現からは、接するたびに教えられることが多い。オープンレター公表の3日前にあたる、21年4月1日に公開されたインタビューでの以下の発言は、その後の展開に照らして一層輝くものがある。たかだか人文学程度の評判よりも、尊重されるべきは個人の名誉であることに、異を挟む人はおそらくいないであろう。

しかし問題の当事者ではなかったそれ以外の人文学者たちは、オープンレターとともに自らの権威と信用が音を立てて焼け落ちるのを、このまま黙して放置するのだろうか。レターの削除までは、なお2か月の期間がある。署名した学者の一人ひとりがよく内省し、個人としての責任においてレターが残るうちに発言する姿を見たいと望む読者は、少なくないものと私は信じている。

與那覇 潤

評論家。歴史学者時代の代表作に『中国化する日本』(2011年。現在は文春文庫)、最新刊に『平成史-昨日の世界のすべて』(2021年、文藝春秋)。自身の闘病体験から、大学や学界の機能不全の理由を探った『知性は死なない』(原著2018年)の増補文庫版が21年11月に発売された。

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備考

本大会の「男子上位4チーム」は、「第95回全日本男子ホッケー選手権大会」、「女子上位4チーム」は、「第82回全日本女子ホッケー選手権大会」の出場権を獲得する。