私たちが東大・上野千鶴子ゼミで学んだこと。人を動かし社会を変える「情報生産」の技法

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1993年4月から2011年3月まで続き、各界に卒業生を輩出した東京大学文学部上野千鶴子ゼミ。2018年に刊行された『情報生産者になる』では、多くの東大生が学んだメソッドが惜しげもなく語られている。

情報が多様化し、SNSの爆発的な広がりで誰もが発信できる時代。情報生産の作法は、研究者やメディア関係者のみならず、個人が身につけるべきリテラシーとなっている。上野さん自身が書いた『情報生産者になる』の副読本として2021年末に刊行された『情報生産者になってみたー上野千鶴子に極意を学ぶ』。その刊行記念セミナーでは、上野氏をゲストに迎え、著者である上野ゼミ卒業生チームのうちメディアとの関係が深い3人が情報生産とは何か、なぜいま情報生産スキルが必要なのかを語った。

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多様化するメディア時代。情報生産者のメディア活用法

メディアの種類が格段に増えた中、どのように使い分けていけばいいのだろうか。 Shutterstock/Shift Drive

中村かさね(以下、中村):新卒で新聞社に入社した時、上野さんに配属報告に伺った時の言葉が印象に残っています。「記者や編集者は学者と違って、誰に何を言わせるかコントロールできる。有識者に(自分の主張を)代弁させることができるから面白いよね」と。

当時、報道は中立なものだと思っていたので、その言葉が引っかかっていました。でも10年以上メディアで働いて思うのは、どんなニュースでも大なり小なり取材者の着眼点は異なり、完全な「中立」はないということです。

今はハフポスト日本版にいますが、誰もがメディアになれる時代、メディアがどのような価値を提案できるのか、考えています。

上野千鶴子(以下、上野):今日はゲストということで、品良くおとなしくしていようと思っていたんですけれど(笑)。中村さんはメディアの客観報道神話を信じていたのね。いまだに客観報道神話が生きているおじさんメディアから署名で書けるネットメディアに移って、のびのび仕事ができるようになったでしょ。

私が興味があるのは、ネットメディアという新たなチャネルが情報発信にどんな影響を与えたのかということ。皆さんはメディアの種類が格段に増えた中、それをどんなふうに使い分けて、それぞれのコンテンツとスタイルをどのように意識しているのですか。

坂爪真吾氏(左上)、中野円佳氏(右上)、上野千鶴子氏(左下)、中村かさね氏(右下)。 撮影:浜田敬子

中野円佳(以下、中野):私は新聞記者時代、毎日のように記事を書いていましたが、新聞社にはそれをできるだけ拡散して伝えようというカルチャーはありませんでした。現在はフリージャーナリストとして、ネットメディアを活用し、SNSでも積極的に発信しています。

私がキッズライン問題についてBusiness Insider Japanなどネットメディアを選んだのは、スピードが理由です。今出さないと次の被害者が出てしまうかもしれない。なるべく早く多くの人にリスクを伝えたい。ネットメディアなら、今日書いた記事が早ければ翌日に出ます。

一方で、議論の積み重ねを踏まえて出したい場合や、後々振り返って読まれてほしいコンテンツは、本や論文で発信します。

坂爪真吾(以下、坂爪):僕は「新しい性の公共をつくる」というミッションを掲げた一般社団法人「ホワイトハンズ」を主宰する一方で、性のさまざまな問題を発信していますが、マスメディア、ネットメディア、SNSの使い分けは、それぞれの先にいる人の違いを意識しています。風俗で働く女性たちに従事する人に情報を届けたい時には、彼女たちが頻繁に使っているTwitter、政策提言を発信したい時には大手メディアに向けたプレスリリースを打つ、というように。

中野:情報生産とは、それまで言語化されていなかったファクトを表に出したり、新たな視点を提示したりするもの。#MeToo のように、ネットメディアやSNSを通じて当事者が声を上げやすくなっている一方、さまざまな事情で声を上げづらい人もいますし、当事者自身も気づいていない問題も起こっている。だからこそ、新聞や書籍、ネットメディア、それぞれの特性を理解して問題を抱えた人たちの代弁者になれたらと思っています。

ネットメディアで「対話」は可能か?

双方向性はネットメディアの利点のひとつだが、読者と論者がオープンに議論を交わることには難しさもある。 Shutterstock/Koshiro K

中野:ネットメディアは文字数の制約も緩やかですし、動画配信などの手段も多様です。かつての「主婦論争」は雑誌などのメディアを舞台に議論が広がりましたが、今後はネットメディアこそ議論のプラットフォームになっていく可能性があるなと思っています。

中村:特に気候変動やエネルギー問題のように、現時点では正解がなく、ステークホルダーが多岐にわたるテーマでは、それぞれの主張に立った対話を聞くことで、自分の価値観を養っていくことも重要です。ネットメディアはそうしたアジェンダの設定や、プラットフォームとして対話の場を作ることができます。テキストだけでなく、音声や動画、あるいはリアルイベントの可能性は大きいと思います。

上野:私もWANという自前のメディアを持っているのよね。オルタナティブメディアとして、マスメディアが載せてくれないことを積極的に載せて、議論のプラットフォームを作っています。だけどネットメディアには双方向性があるのに、WANはわざわざコメント欄を閉じているのよ。やっぱりクソリプが来て荒らされるから。特にフェミ系のメディアでは、そういうことがどうしてもある。

坂爪:対話、できないですよね。ネットメディアやSNS上で、お互いの前提を理解した上で安全に議論できる場が非常に少ないことは、深刻な問題だと考えています。

中野:双方向性はネットメディアの利点のひとつですが、読者と論者がオープンに双方向で交わることの難しさを感じます。「ネット上ではこんな声が上がっています」とTwitterなどのコメントを切り出して無批判に報道する大手メディアも少なくありません。双方の主張を取材するなど、メディア自身も役割を見直す必要があると感じます。

2019年4月に行われた東京大学の入学式での上野千鶴子さんの祝辞は大きな話題となった。 提供:出席者

上野:2019年の東大入学式での私の祝辞が話題になったこともあって、10代の若者たちとのやりとりが増えたのですが、そこで感じているのはメディア別に世代間の分断が起きているということです。

新聞を読んでいるのはおじさんおばさんばかりで、親がとっていなければ若い人たちはまず読まない。親元を離れたら、家にテレビもないので、テレビも見なくなる。みんなネットで情報はタダだと思っているから、お金を払ってまで新聞やテレビ(NHK)にアクセスしないでしょ。テレビの試聴時間が最も長いのは高齢者ですが、次いで多いのは、親と同居している10代の若者です。

2021年の衆院選で私がショックを受けたのは、70代以上の自民党支持率よりも、20代投票者の自民党支持率が高かったこと。20代が41%、70代以上38%。18歳から20歳の間に限定すれば、さらに高い。その世代はおそらく一番テレビを視聴している層じゃないかしら。

今回の衆院選直前もマスメディアは競うように自民党総裁選を報道していましたが、公共の電波であれだけ露出することの功罪は恐ろしいなと思います。

中村:世代間の分断もそうですし、同世代であってもフィルターバブルによる分断があります。昔はテレビのチャンネルも限られていましたが、ネットフリックスやAmazon Primeで視聴できるドラマやアニメが多岐にわたる中、同世代でも共通項がなくなっていると感じています。

口コミ・人脈の情報源が武器になる

坂爪:ここからは参加者の方の質問ですが、「情報発信の方法が多様化する時代、受け取る側が意識した方がいいことはなんでしょうか」と来ています。

中村:同じ事実の報道でも、メディアや記者による着眼点の違いが可視化されていく時代なので、誰が伝えているのかということを意識していただくとよいと思います。同じ出来事を多角的に見て取捨選択することで、受け取る側のリテラシーを持つことにつながります。

上野:あのね、蛇の道は蛇。世の中には「スジの人」がいるのよ。ネットがない時代にはミニコミというものがあって、その中でインサイダー情報が流通していました。今でいうとメーリングリストやLINEのグループ、つまり内輪のコミュニティ。

マスメディアに情報が出るのは大抵、インサイダー内で情報が流通して定着した後。時差があるのね。インサイダーというのは いろいろな情報をさまざまなところから仕込んでいて、そこには当事者情報もあれば、ローカルな情報もある。マスメディアが絶対にカバーできないようなソースから集まったスジの情報。それが情報の最初の「あぶく」なのよ。

私ならジェンダー系や介護系、在宅医療系、それぞれの情報ルートがある。それをどれくらい持っているかが情報ソースの豊かさにつながる。その構造は紙メディアの時代から変わっていないと思います。私たち「フェミ業界」はミニコミで支えられてきたのよ。

中野:メディアには、そういうところにアクセスできない一般の人たちに届ける役割もあると思います。

上野:あなたたちがインサイダーに取材に行く時、そもそも誰がインサイダーかという情報がなければ取材できないでしょう。それは結局、口コミと人脈なのよね。口コミがネットに代替されても、基本の構造は変わっていない。つながりをどれだけ作れるかがすごく大事。

坂爪:もうひとつ質問です。「上野先生の強い精神力を維持する原動力はなんでしょうか?」

上野:私、精神力強いんですか?(笑)。グズグズめそめそイジイジしているかもしれませんよ。身近な人からは、私は愚痴っぽいとか決断力がないと言われることもあります。そういう面を見せられる相手をつくっておくことが大事かもしれませんね。つまりセーフティーネット。サンドバッグになってくれる人です(笑)。

「打たれ強い」と言われますが、誰も好きで打たれ強くなるわけじゃないですよ。たまたまそういう経験を積み重ねてきたばかりに、結果として打たれ強くなってしまった。本当なら、自分が正しいと思うことを発言するのに、強さや勇気なんて必要ない世の中になったらいいなと。私、かねがねそう思っております。

「情報生産者」になることの価値とは?

情報生産とは「自分が生きやすくなるための選択肢であり、対人関係のコミュニケーションツールであり、社会を良くするための選択肢」だという。 撮影:今村拓馬

坂爪:次の質問です。「誰でも情報発信できる今、情報生産者になることは、メディアに従事する人以外にどんな価値があると思われますか?」。本質的な問いですね。僕は、情報をただ消費するだけでなく、自ら生産・発信することによって自分自身の人生が豊かになると感じています。

中野:自分で問いを立てることも情報生産だと思います。問いを立てることで、言語化され、腹落ちする。それを身近な人に伝えることで、問題が解決するかもしれません。さらに拡散することで、結果的に社会が変わることもあり得る。

中村:情報生産って、必ずしも発信しなくてもいいと思います。自分の問いを立てて、分析して、いろいろな人の話を聞いたり、本を読んだりして、結論づけていく。その作業は選択肢を持つということだと思います。自分が生きやすくなるための選択肢であり、対人関係のコミュニケーションツールであり、ひいては社会を良くするための選択肢。

私自身は上野ゼミでフェミニズムだけを学んだのではなく、情報生産を通じて、選択肢の幅を広げることを学びました。

上野氏は「情報生産者になるということはノイズを発信すること」だという。 撮影:柳原久子、提供:MASHING UP

上野:自己表現って楽しいのよ。それが人に届いたら、もっと楽しい。身銭を切って読んでくれる人がいたら、もっと嬉しいよね。

結局、情報って「届いてなんぼ」なのよ。生産ー流通ー消費の過程を経て完結するものですから、生産して終わりじゃなくて、消費者に届いてなんぼ。受け取ってもらうためには芸もいるし、ロジック、エビデンスを組み立てて、相手を説得するだけの技術も必要です。

情報はノイズから生まれます。でも、どんなノイズでもいいわけじゃない。価値ある情報もあれば、あってもなくてもいいカスみたいな情報もある。「届いてなんぼ」の芸を身につけてほしいと思って、今回の『情報生産者になってみた』の本の帯には「芸を身に付けてください。そうして社会のノイズになってください』と書きました。

ノイズを発信すると、必ず共感と反感の両方がきます。共感だけもらえることなんてない。もし反感を持たれたくなかったら、ノイズの発信なんかやめた方がいい。引き算して共感が多ければ御の字。そういうものなのよ。

ノイズを発信する、つまり情報生産者になるということは、共感と反感両方を覚悟した上で、それでも挫けない、めげないことだと思います。共感も反感も生まないような情報なら、発信したって意味がないよね。さんざん打たれてきた上野から、みなさんにお伝えできるのは、そのことです。

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中村かさね:1982年生まれ。ハフポスト日本版プロデューサー兼エディター。東京大学文学部行動文化学科社会学専修課程在学中の2年間、上野ゼミに所属。卒業後は毎日新聞社を経て、現職。

中野円佳:1984年生まれ。ジャーナリスト、東京大学大学院教育学研究科博士課程在籍中。東京大学教育学部卒業後、日本経済新聞社に入社。育休中に立命館大学大学院総合学術研究科で上野ゼミに所属。著書に『「育休世代」のジレンマ』。

坂爪真吾:1981年生まれ。一般社団法人ホワイトハンズ代表理事。東京大学文学部行動文化学科社会学専修課程在学中の2年間、上野ゼミに所属。卒業後は起業して現在に至る。著書に『性風俗サバイバル』。

上野千鶴子:1948年生まれ。社会学者。東京大学名誉教授。NPOウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。女性学、ジェンダー研究のパニオニア。現在は高齢者介護とケアの問題も研究している。主な著書に『おひとりさまの老後』『女たちのサバイバル作戦』『在宅ひとり死のススメ』など。

(文・渡辺裕子、編集・浜田敬子)

「番組を見て元気になった!」の声殺到。NHK「最後の講義 上野千鶴子」が未放映分を含む完全版として書籍となり発売。|株式会社主婦の友社 のプレスリリース

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石原慎太郎支持者と「ヒトラー信奉者」に共通する父親の存在の弱さ

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2月1日に89歳で亡くなった石原慎太郎氏に対し、その死を悼むのとは別に、問題発言も含めてその言動を美化するかのような弔辞が少なからずありました。そうした状況に接し「苦々しく思う」と吐露するのは、評論家の佐高信さんです。今回のメルマガ『佐高信の筆刀両断』では、若者が辛淑玉氏に語った石原氏を支持する理由を紹介。上野千鶴子氏が指摘したヒトラー信奉者との共通点にも言及し、自信がなく自分で判断できない若者が右翼的指導者に惹かれる状況を憂えています。

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石原慎太郎とヒットラー

上野千鶴子と辛淑玉に囲まれて座談会をしたことがある。それは辛と私の『ケンカの作法』(角川新書)に収録されているが、読み返して石原慎太郎への弔辞の氾濫を苦々しく思った。死ねばすべて許されるのか。

ある時、辛が予備校で講演したら、僕は行動力のある石原が好きだという受講生が何人か出て来たという。それで辛は思った。「あんた、それは、ドイツの青年が、ヒットラーは行動力があるから僕は尊敬してるって、ユダヤ人に言ったのと同じだぞ」

この話は、楽屋までついてきた受講生の1人が、やはり、と同じことをまた言うので、辛と一緒にいたアメリカ人が、「公人があんな差別発言(「三国人」呼ばわり)をしたら、ヨーロッパでもアメリカでも刑務所行きだ」と叱りとばすというふうに続く。

それで出て行ったからいいやと思っていたら彼は楽屋の外で待っていて、辛に、「あなたは何でそんなに強いんですか。僕は弱いから石原が好きなんです」と告白したとか。

話を聞くと、その若者は少し前に父親に自殺された。父親が事故で入院していたために、家庭は荒れていて、彼は父親の見舞いに一度も行かなかったけれども、おカネを稼いで何とかしようと思っていた。しかし、父親が自殺して、もう稼ぐ必要もなくなった。結局、僕は何もできなかったし、何もしなかったと言いながら号泣するその若者に、辛は不意をつかれたという。

「私、長いこと、石原を支持する人たちを、どちらかというとこてんぱんに叩いてきたでしょう。変な言い方だけど、大概の石原支持者を論破できるだけの理論を、石原との戦いの中で蓄積しているわけじゃない。だけど、このときは参った。どういう人がなぜ石原を支持しているのかということに、私は多分ものすごく無知だったんだろうなって感じがしたのね」

こう述懐した辛に上野は、「その話を聞いて、ますます怖くなった」と言い、若者が右翼にリクルートされる現象をこう解説した。自分に自信があったら右翼には行かないのだが、小心で自分に自信のない若者が右翼にリクルートされるのはなぜなのか?

上野によれば、アレクサンダー・ミッチャーリヒというフロイト左派の学者が『父親なき社会』で、なぜナチズムが成功したかを解いて、現実の父親がどんどん弱い存在になっていくと、それで世の中が穏やかになるのではなくて、その弱い父親を見るに忍びないと否定して、もっと強い父親の像を、代理シンボルとして求めるようになる。

それがヒットラーまがいの橋下徹も、まちがっていても、「こうだ」と断定する。自分で判断しない若者はそれに引っ張られてしまう。

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image by:Stefano Chiacchiarini ’74 / Shutterstock.com

五輪は変われるのか? 希望は「人権戦略のための提言」にあり 一橋大学大学院・坂上康博教授×著述家・本間龍(1/2)〈AERA〉

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フランスのようにジェンダー平等を進めれば、日本の少子化は解決するのか

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フランスのようにジェンダー平等を進めれば、日本の少子化は解決するのか データからフェミニズム、上野千鶴子先生に物申す

先日亡くなられた石原慎太郎氏の珠玉の失言(?)の一つに、「女性が生殖能力を失っても生きているってのは無駄で罪です」というのがありましたが、駆け出し大学教員だった私は大笑いしながら聞いた記憶があります。生殖するだけなら、生まれた男性の90%以上が「無駄で罪」ということになるからです。

フランスは少子化問題をクリアしたのか?

必要な10%の男を学力で選ぶなら、センター試験(当時)の偏差値60以下の男子は即処分。生かしておく「エリート」も、人工授精50回分ぐらいの精子を採集できれば用済みです。養鶏や牧畜の世界では当然のことで、種付けの終わった廃用鶏や廃用牛はかたいフライドチキンやくさい牛丼などなどになります。どのブランドかは知りませんが…

ですから、偏差値エリート君達もセンター試験後2~3か月間、専門の女性にたっぷり絞り取られたあと、散りゆく桜の下で名誉の自決ということになり、毎年、花見の席で、今年もまた廃用の季節になったと言われるようになります。

国民的大作家の思い出にふけっていると、例の先輩女子からまたクレームが来ました。「ボンジュール。ムッシュくそじじい、村山君。この前、『少子化でキリスト教文化圏が滅ぶ』なんて書いていたけど、フランスではこの問題は解決済みよ。いくら老眼でも、アゴラぐらいチェックしときなさい。最近ドンピシャの記事(注・衛藤幹子氏『少子化問題を考える② 出生率上昇の鍵は「ポストモダン」家族の受容』)があったじゃないの。ぼんやり生活してて、それ以上痴呆が進むと君の人格は消滅するわよ」と、我々廃用族に優しい言葉をかけてくれました。

「いえいえ、サキシルもよろしくお願いします」と答えながら、記事を読んでみると……あれっ、フランスの出生率は1.88……人口置換水準の2.1に及ばないじゃないですか。

ご存じのように、ここで言う出生率(厳密には合計特殊出生率)とは、ある年の15歳から49歳まで各年齢の女性の出生率を合計したものです。たとえば、2021年に15歳だったの女性のうち出産した女性(ただし双子は2人分と数える。三つ子は……以下同文……)の率、16歳だった女性の……以下同文……、17歳だった……以下同文……、、、、49歳だった……を全部合計した数字です。

わかりやすく言えば、15歳から49歳までコロナ禍の2021年の日本で過ごした女性(緊急事態宣言のもと素面でバッハ会長の開会スピーチの中継を、ライブで35回も聞ける「ラッキー」なひと)たちを仮想的に考えて、平均何人の子供を産むのかという数です。ですから、人口ピラミッドの形の影響(対象人数の大小)がないかわりに、丙午や景気などその年々の状況が大きく反映されるわけで、当然2021年はトンデモない数字が出そうです。

フェミニズムは「ご都合主義」だったのか?

一方、人口置換水準とは「1人の女性が何人産めば、人口が減少も増加もしないか」という理論上の数字で、いわば少子化防止のための出生率のノルマです。なぜ、きっちり2ではないかというと、生まれつき卵巣も子宮もない出来そこないの個体(生物学者はオスと呼び、社会学者は男性と呼び、ある種のフェミニストはオトコと呼びます)が2分の1以上の確率で生まれることと、生殖年齢を全うする前に亡くなってしまわれる気の毒な女性の分を差し引くからです。

だから、世界標準の2.10とは別に国や地域の値もあり、乳幼児死亡率が世界一低い日本では2.07ぐらいになります(おそらくこれが、「まともな方法」で下げられる下限の数字でしょう)。

また、ある東アジアの国(名前を出すと差し障りがあるかもしれませんから匿名にしますが、少数民族迫害とパンダで有名な大国です)では、政府の公式発表で計算しても、おそらく2.2を超えているようです。理由は胎児の段階で多くの女児が中絶されるからです。

フェミニストのみなさん。こういうの許しておいていいのですか。「中絶はオンナの権利で胎児に人権はない」と言うにしても、性別で胎児を選抜するのであれば、フェミニズムとは「今いる女性の既得権を守るためだけのご都合主義」なのでしょうか。「女性としてこの世に生まれてこない権利」をまもることなのでしょうか。違うぞと言いたいのなら、抗議文を持って現地まで行きませんか。今(2022年2月)ならオリンピックも終わったばかり、コロナで観光地もすいてますよ。

この例とは逆に、男児を優先的に中絶するのなら、ノルマである人口置換水準を2.0より大きく下げることも可能です。こういう、「まともでない方法」なら下限は1.1ぐらいまで行くでしょう。少子化阻止のハードルは大幅に下がります。

さらに、多くの女性は、どうせなら優秀な遺伝子が欲しいでしょうから、選抜は胎児の段階ではなく、しばらく育ててデキを見てからということになり、冒頭で述べた廃用の季節の到来となるわけです。某国も、どうせ「一人っ子政策」をするなら、こうしておくべきだったと思います。

フランスは本当に“優等生”なのか?

話を北京からパリに戻しましょう。少子化の話で、出生率1.88のフランスを手本とせよというのは、合格点60点のテストで58点だったやつを優等生扱いするようなものです。しかもこの優等生君。少なくともここ数年、じわじわと成績が低下して合格圏から遠ざかってるではないですか。おまけに世界ランキングは129位。対象国および地域数が違うとは言え、国辱もの扱いされている、我が国の男女格差指数とやらの順位120と似たりよったりです。

ちなみに、この男女格差指数。「ジェンダーギャップ指数」という表記の方が有名ですが、LGBTに関係のあるような話でもなく単純に男女だけの比較なので「男女格差指数」とします。注意を要するのは、「格差指数」と言いながら、格差が小さい(とされてる)ほど数値が大きくなっている点です。

政治・教育・健康などいろいろな分野のデータを適当に寄せ集めたもので集計方法によってどんな数字でも出せるような、いい加減な代物だと私は思っていましたが、この記事のために調査をしてみて、結構よく出来ているのではないかと考えるようになりました。出生率とかなり良い相関があるからです。ただし、負の相関ですが。

男女格差指数(2021)が発表されている全156カ国について、指数と出生率(2019)との関係を示したのが図1で相関係数は-0.46でギリギリ有意(-0.5以下)とまでは言えませんが、結構な負の相関を示しています。

ここから、多産多死の傾向の強いアフリカ諸国を除くだけで、相関係数は(-0.59)となり有意水準に達します。さらに、ユーラシア大陸と周辺の島国(つまり、アジア+ヨーロッパ)では、相関係数は(-0.63)になります。また、アジア+ヨーロッパ+北米(ほぼ北半球と一致)で調べると、-0.61となります。

原因はもちろん不明ですが、主観的には、古い伝統が現代につながっているタイプの国々の場合、それが尊重される(たいていの場合、男女格差を容認する)ほど、出生率が上がるように見えます。

上野千鶴子先生に期待すること

これらの結果から、少なくとも国別男女格差指数と出生率に正の相関があるとは思えません。なので、「フランスのようにジェンダー平等を進めれば、日本の少子化は解決する」というのは、無理のある議論です。実際、本家のフランス自体が少子化対策に成功しているとは言いがたいわけですから。

どうせ外国を手本にするのなら、同じアジアのブータン(出生率1.95)やネパール(1.88)あたりがよいのではないでしょうか。まあ、北朝鮮(1.90)は論外としますが。上記の2カ国は、よく知られているように仏教の影響の強い国です。この例だけでなく、少子化対策に比較的成功しているのは宗教色の強い国が多いようです。

宗教の視点をジェンダーのあり方に組み入れていくことは、少子化による消滅を覚悟している国は別として、今後は避けられない方向性になると思われます。困難な課題ですが、私は上野千鶴子氏に期待しています。

近年、女性学学者はあらゆる方向からの攻撃を受け、自分たちの価値観や視点を予め共有する身内としか議論しない傾向が強くなっています。これでは、象牙の塔どころか、廃用の塔じゃないですか。レジェンドであり同時にトリックスターを演じられるだけの思想的柔軟性をお持ちの上野氏はまだまだ引退などできないと思いますが、いかがでしょうか。